soy-curd's blog

へぼプログラマーです [https://twitter.com/soycurd1]

群馬小説

 群馬県には高度な社会が形成されている。交通網、トイレ、教育は整備されており、治安も非常に良い。県民は、加工された食器を用いて食事を摂る。ルゥは今年の狐役を演じるという。嫁に行くというわけだ。
「招待席のチケットもらったから、あげる。見に来てね」とルゥは言う。
「一人で行けって?」と私は一枚だけ渡されたチケットを見て聞く。
「みんな優しいから大丈夫だよ」
 当日の夕方は五十人ほどの人間が集まって、その劇を見た。公民館のゴザにあぐらをかきながら、私は晴れやかな姿になったルゥを見ていた。ルゥは和服で、大きく、赤い花でできた髪飾りを身につけていた。私の隣に座っていた所長は、
「牡丹だよ。そこに藤沢の爺さんがいるだろ。ルゥちゃんにはお世話になったからって、無料でくれたんだ」と私にそっと言った。
 所長は泣いていた。
 所長はルゥの働いている会社の会長の孫で、ルゥが世話になっている。今日は父親のような気持ちでルゥのことを見ているに違いなかった。
 ルゥの舞は、恐らく十分程続いた。私は、これほどまでに動いているルゥを見たことがなかったので、ほとんど感心していた。ルゥは、足を踏み出し、手を伸ばし、回転した。それは遠心力に沿ったものであったり、それを無視した、この土地には存在しないような動きの場合もあった。そして、私の視界が歪んだ。いつのまにかメガネが濡れていた。しまった、と思った。私の肩や、膝、頭が冷たく水に浸ってゆき、目の前のルゥの姿が次第にぼやけ、灯りだけがそこにあった。そして、コン、と獣の鳴き声がした。
 雨が降ってきたのだ。